堕武者の活動履歴
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2002年6月、某大学の電子楽器&自宅録音サークルにてKIM、YCOVA、TIFARA、
AGAIの4人で活動を始める。当初は和風ハードコアを志すが直ぐにネタが切れ、
パンク・ハードコア・グラインドコア等を視野に入れる。
音楽的な技術の無さは多彩なギミックとネタでカバーしようとする
FMW魂を信奉しつつ、サークル主宰のライブに出演したり、
サークルで年に数回発行するオムニバスCDに音源を提出したりする。
YCOVAとTIFARAが大学を卒業したのを期に、
インターネットを介してデータを遣り取りし、
楽曲を完成させていく現在の堕武者の活動スタイルにスイッチ。
コミケを目処に、半年か一年ごとにアルバムを製作するようになる。
2005年の大祭ライブより、サークル後輩のBABA君とSIOTATSU君にヘルプをお願いし、
音源製作にも協力してもらう。
2006年、ライブ映像をYOUTUBEに投稿した所海外から多くの反響があり、
デモを送ったりするようになる。
詳細版
【2001年6月】
サークル総会の際、一年生のバンドがないという理由から、
偶然座った席が近かったTIFARA、AGAI、S君、K君の四人で
堕武者の前身となるバンドを結成。
【2001年8月】
9月のライブへ向けて活動を始める。
中学時代から作曲・演奏・打ち込みのキャリアを積んできた二人に比べ、
音楽経験ほぼゼロのTIFARA、AGAIはまるで戦力にならず。
部室に集まった日が年に一回の構内一斉停電の日だったりするなど前途多難。
【2001年9月】
当日のリハーサルまでメンバーのパートが決まらないという
状況の中、AGAIとTIFARAにとって記念すべき初ライブが挙行される。
借りたサンプラーでリズムを流す役割を担ったAGAIのサンプルネタは10分で尽き、
残りの20分を経験者二人のアドリブとTIFARAの漫談で乗り切る。
ライブ終了後スタッフ一人だけに絶賛される。
【2001年10月】
それまで個人名を冠したバンド名だったため「堕武者」に改名。
しかし間もなく経験者二人に見放され、路頭に迷うド素人ふたり。
音楽には未練があったため同級生の某氏にギターを依頼、
大学祭に向けて曲作り&練習。しかしバンド経験殆んどなしの人間に
バンドマスター&トラックメイカーが務まる筈もなく作業は停滞、焦りまくる。
【2001年11月】
「堕武者++」に改名、一応3曲を用意しライブに臨む。
AGAIはパソコンとリズムマシンから同時に音を流す事を企図していたが、
MIDI同期のやり方が分らないため、ソフトシーケンサーの再生ボタンと
リズムマシンの再生ボタンを気合の同時押し。
上手くいく筈もなく、PAや客の大先輩達を待たせて何度もやり直す。
ステージから逃げ出したかった。
【2001年12月】
再び二人となった堕武者は初めて音源の製作に取り掛かる。
当時部室の主力機であったVS-800を用い、先輩やマニュアルの助けを借りて
「音武者」を完成させる。MIDIに関しては外部音源を持っていなかったため、
生協で買ったパソコンの内蔵音源をそのまま録音していた。
【2002年4月】
新入生歓迎ライブへ向けてYCOVAが加入。ようやく普通のバンドらしくなるも
ライブはまたしても大アウアウ。しかしゴキブリのような生命力でその後も
活動し続ける。
【2002年6月】
AGAI(将棋部)がKIM(囲碁部)とカラオケに行き、その場でボーカルとして
メンバー入りを打診、現在の基本編成が出来上がる。
以下続記
【2005年3月】
卒業記念として、秋葉原LAOX楽器館(当時)でワンマンライブを敢行。
開場を遅らせてまで、音叉と睨めっこしつつ微妙な鳴りをチェックして頂いたり、
設営の細かい部分まで助けて頂く等、素晴らしいスタッフの方々の協力を得る。
そんな方々の前で、大音量のエロアニメやゲイアニメのSEを流し、心の中で申し訳ないと手を合わせる。
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